ハート将棋はママが買ってきたんだ。
「フジイソウタくんって知ってる?コウタもあの位になれちゃうかな」
知ってるよ。テレビでずっとやってたじゃん。藤井くんの今日のご飯はなんとか定食だったとか、そんなことばっかだったけどさ。でもなんか、カッコいいよね。おじさん達にどんどん勝っていくんだもん。
「こんなに可愛ければマイも、やってみよっと思うかもね?女流棋士ってのもカッコイイじゃない。これからは女子の合理的思考力に裏打ちされた直感力が活用されていく時代だわ。リケジョになるかもね」
ゴウリテキもウラウチもリケジョもくわしくはわかんないけど、ママがぼくやマイに将棋をやらせたいのだというのはよくわかった。ふうん。まあ、いいよ。フジイソウタになれるかどうかはわからないけど、将棋にはちょっと興味はあったんだ。じいじのとこにあるの知ってたしね。でも、すごく小さいころ、将棋くずしとかして遊んでもらったきりだったかな。
じゃ、早速やってみようということになったけど、ママは「私はできないもん!」って。結局ほんとの将棋はパパが帰ってきてからっていうことで、ぼくとマイとママで回り将棋をやった。ママは昔じいじとよくやったんだって。回り将棋はすごろくみたいなことだけど、進む数を出すサイコロの代わりに金の駒4枚を使う。逆立ちとか横立ちで進む数か違うんで、ハート型だと無理なのかなあって思ったけど…ちゃんと立つんだよ。マイは回り将棋の勝負よりも、自分の振った4個のハートが横になったり逆さになったりすることの方が面白いみたいでキャハキャハ声を上げて笑ってた。
ぼくとパパの初対戦はその夜だった。
「駒の動かし方を覚えるのが最初の難関だぞ、大丈夫か」って言われたけど、ハート将棋は駒に描いてあるから、その心配はいらない。歩が一回に一つずつ前にしか進めないんだってことだけは何だか知っていたけど。
「まあ、最初ははさみ将棋からにしないか。それでも考える力はかなりつくよ」
「はさみ将棋はマイやママとやるから。ちゃんとしたのを教えてよ」
フジイソウタって人は多分、ぼくと同じ小4の頃にはもうずっごく強かったはずなんだ、だから、はさみ将棋なんかやってる場合じゃない!って思った。別に気にしてないつもりだったけど、やっぱり「小さい頃から天才といわれて」なんていうのには憧れちゃうよね。やったことないだけで、ぼくも天才かもしれないじゃん。
「ほお、はりきってんな。とにかく、第一戦を開始しますか」 初戦はぜーんぜん勝負にならなかった。ハートの上に描いてある動かし方を見ながらなんだから、当たり前だけどね。
守りの力を二重にしたらどうかと、歩を縦に並べちゃったら、「二歩っていって、それは反則なんだよ」って注意された。ぼくたちを座って眺めていたマイは「ニフニフニフニフニフニ〜♪」って作り歌をうたってた。
2回目、パパはハンデつけてやるって言って、駒落ちってのにしてくれた。ハンデってよくわかんなかったけど、パパは歩と金と銀と王様の駒しか持ってないんだ。それで戦力フルセットのぼくと戦う。「バットとグローブ忘れて野球の試合に行っちゃったみたいな感じ」なんだって。それでもやっぱりぼくは勝てなかったんだ。なんだかとってもとっても悔しくて、もう一回!って言ったら、
「今夜はもうおしまい。やっぱり、はさみ将棋から始めた方が良かったかな。まあ、駒落ち戦にしたって初めて将棋をやる小4にパパが負けてたら、悲しくて明日会社にいけないよ。だんだんと慣れてくるさ」
マイが横で「コマコマオチオチココココココ…」って首を振りながら変な踊りをしていなかったら、ぼくはきっと泣き出してた。初めてなのにコウタすごいな!っていわれるようなことになるかもって、ちょっと思ってたんだ。パパ、「最初ははさみ将棋からだんだんと」じゃあ、フジイソウタには追いつけないんだよ!
その後ね、将棋の本も買ってもらった。漫画やイラストで説明していあってわかりやすいやつね。いろんな戦法や詰将棋の問題とかもあって面白いよ。
テレビで将棋の番組も見るようになったんだ。マイがね、対局している人の後ろで時間を測ってる人の声のまねするんだよ。「ジュンビョーン、ニジュンビョーン、ゴテサンロクヒチャ…」20秒、10秒、って残り秒数を教えてるんだってば。ヒチャじゃなくて飛車ね。
「ニイニ、ハートやろうよ」ってマイは言ってくる。まあ、幼稚園生だからね、まだ回り将棋ばっかりだけどさ。この前、はさみ将棋をやってみたことがあるんだけど、マイは、歩の駒だけでやるはさみ将棋のルールが良くわかんないくせに、「ニフニフははんそくじゃん!」とか「トキンはフよりつよいのに」とか知ったようなことばっかり言うから、めんどくさくてもうやめた。
パパが9時より前に帰って来たら、必ず対戦することになってる。時々は勝てるんだよ。
(写真はイメージです)
「ちょっとの間に結構強くなったな。飛車角落ちくらいでいい感じだな」って言われたよ。でもやっぱり、フジイソウタはまだまだずーっと先だ。
「まもりはヨコにブーンとフリビシャだ!」「ケイでリョウドリをねらえ」「お、このスジはいいねえ」
将棋をわかってないはずのマイが、パパの口まねをしながら横で見てるのはちょっと気になる。しばらくすると自分も本気の将棋をしたいって言いだすかもね。そしたら、もしかしたら…ぼくより強くなっちゃうなんてことがあるかも?いや、いや、そんなはずはないけど。フジイソウタは5歳から将棋教室に行ったって言うし…。 幼稚園生にはしばらくハートの駒の転がり方を楽しんで回り将棋していてもらおうと思う。ぼくが相手になるからね。
【ハート将棋物語】〜宇佐木野生(うさぎのぶ)作〜
*作家・宇佐木野生(うさぎのぶ)さんが「ハート将棋物語」を執筆しました。
実際に「ハート将棋」を購入されたお客様からお伺いしたお話をベースにした物語も含まれています。
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